糖尿病関連情報

糖尿病治療の新しい流れ (2004.3.15)

日本人が太ってきている!

肥満の度合いを表すBMI(体格指数)は22が標準とされますが日本人の平均BMIは1965年のころがちょうど22であり、それを境に日本人は次第にやせから肥満へと移行してきました。しかも肥満者の割合は年々増加し続けています。日本人の糖尿病が増加しているのは日本人が次第に肥満してきたことによると考えられていますし、実際表1に示されるように、糖尿病が疑われる人で過去に肥満の既往のある人の割合は非常に多いのです。

2型糖尿病の発症要因として、図1のようにインスリン分泌不全とインスリン抵抗性が考えられています。インスリン分泌不全は遺伝要因に基づくものが大きく、インスリン抵抗性は肥満、過食、運動不足といった環境要因に負うところが大です。インスリンが分泌されにくいという体質(インスリン分泌不全)は日本人の多くが有しています。それは、日本人が古来より肥満した民族ではなく、粗末な食事で農耕にいそしんできた、いわばインスリンを分泌する能力の少なくてすむ民族であったことによります。そうした素因を持つ人でも昭和以前のような生活をしていればそうそう糖尿病は発症してこなかったでしょう。昨今の肥満者の増加はインスリン抵抗性を有する人の増加を示します。つまり、従来はインスリン分泌不全の要因が強くて発症してきた糖尿病が、現在ではインスリン分泌不全よりもインスリン抵抗性の要因が強く発症する人が増えてきたということになります。その発症要因の変化のために糖尿病に伴う合併症のほうも次第に様変わりしてきたことが考えられます。

肥満が糖尿病合併症を変えてきた

糖尿病の慢性合併症は大きく分けて二通りあります。糖尿病に特有のいわゆる三大合併症(細小血管症)と、糖尿病に必ずしも特有ではありませんが、糖尿病があることで早くから起こってきやすい動脈硬化(大血管症)とです。
現在までの大規模臨床試験において三大合併症はどうやら高血糖が最も重要な要因であることがわかってきました。血糖が高ければ高いほど、また、罹病期間が長くなれば長くなるほど、網膜症、腎症といった細小血管症は増加します。しかし、一方の大血管症の発症は高血糖の状態と必ずしも良好な相関は得られていません。むしろ高血糖が著明になる以前の予備軍の段階から動脈硬化は正常者に比し進んでいることがわかってきました(図2)。これは、糖尿病が動脈硬化を連れてくる、というより糖尿病をきたす要因である肥満・過食・運動不足といった要因(インスリン抵抗性)が動脈硬化もつれてくることによるでしょう。インスリン抵抗性を有する糖尿病の人にとって特に、三大合併症ばかりでなく動脈硬化性疾患の存在も頭に入れておく必要があることを強調しておきます。

新しい治療

動脈硬化をきたす要因として食後の高血糖が注目されています。これは、欧州の研究(DECODE Study)や本邦の舟形町研究(Funagata Study)によってあきらかになったもので、糖尿病に至る前の集団(予備軍)の中で、食後の血糖値が上昇している群では、すでに心血管疾患のリスクは上昇していることがわかりました。そのため食後の高血糖がリスクと考えられはじめ、早めにこれを改善していこうと食後にターゲットを置いた治療薬が出現してきました。

以前からあるα-グルコシダーゼ阻害剤(商品名でベイスンあるいはグルコバイ)は摂取した糖分の吸収を遅らせる薬剤であり、食後の血糖値上昇を穏やかにするのがうたい文句です。比較的新しい薬剤である速効型インスリン分泌刺激剤のナテグリニド(商品名でファスティックあるいはスターシス)は2型糖尿病患者さんの遺伝的特質である食後のインスリン分泌の遅延を改善し、早期にインスリン分泌を起こさせる作用があります。食直前に内服することでやはり食後の高血糖を是正する作用があります。さらにはインスリンにも従来の速効型インスリンに対して超速効型インスリンと呼ばれるものが登場してきました。ヒトインスリンのアミノ酸配列を少し変えるだけで早期に血中濃度が上昇するようになり、より早く効果が現れる、といったものです。超速効型インスリンを食直前に打つことで、食後の高血糖が是正されやすくなります。

ただし、本当に食後の高血糖が動脈硬化の真犯人かどうかはまだまだ異論のあるところです。僕自身は、食後の高血糖をきたすような方は同時に食後の高脂血症も来たしており、それが動脈硬化を惹起する働きが強いのではないかと思っています。糖尿病学会ではこの問題を明らかにする目的もあって、食後の糖代謝・脂質代謝両者をみるための標準検査食を作成中です。こうした試みで、何が動脈硬化に最も寄与しているかが次第に明らかになることが期待されます。

新しい検査

さてその動脈硬化ですが、これを検査するのは従来なかなか困難でした。動脈硬化によって起こってくることは血管の狭窄や閉塞です。脳血管や心臓血管、また足の血管の動脈硬化(閉塞性動脈硬化症)も次第に増加しつつあります。脳血管が詰まれば脳梗塞、心臓血管が詰まれば心筋梗塞、足の血管が詰まれば壊疽や潰瘍が起こってきます。血管が詰まる前段階として、脳ならば一過性脳虚血発作(24時間以内におさまる前駆症状)、心臓ならば狭心症、足ならば冷感・痛みや間歇性跛行(歩いていると痛くるため長い時間歩けなくなる状態)といった病態が認められることがあります。血管が詰まってしまったら命にかかわるような重大な事態となりえますし、命にかかわらないまでも生活の質は大いに低下します。梗塞を起こす前にその前駆症状から気づかれ血管造影検査で診断されることもありますが、起こしてはじめて気づかれることも多いのです。血管が狭くなったり詰まったりしているのを直接診断する血管造影検査は短期間でも入院を必要とし、侵襲の大きい検査であるため、もっと簡便な侵襲性の低い検査が求められてきました。現時点で実用化され外来で可能なものの代表が以下の検査です。

1、心臓の血管については「運動負荷心電図」がある程度のことを教えてくれます。心血管(冠動脈)が狭くなった場合には運動時に必要な血液が十分供給されず心電図変化が生じてきます。

2、足の血管の狭窄を検査するには手と足の血圧を同時に計ることが行われます。本来は足の血圧は手の血圧より高いものが、足の血管が狭くなってくると足の血圧のほうが低くなってくるという簡単な原理を利用しています。最近では「PWV/ABI」という機器が普及してきて一般の病医院でも比較的手軽にチェックできるようになっています。

3、脳の血管の状態はどうすればわかるでしょう。脳の血管障害は実は頚部の動脈硬化に起因することが多いのです。そのため、脳の血管を直接見るのでなく、頚部の血管を見ることのできる「頚動脈エコー」の検査が有力な手段となります。頚動脈エコーは非常に侵襲の少ない有用な検査です。ゼリーを塗って見るだけなので痛くも痒くもありません。この頚動脈エコー検査で局所の血流の状態がわかるのみでなく、ある程度全身の血管の動脈硬化が推定できます。

新しい教育

もうひとつ大きく変化したものが糖尿病教育です。従来の糖尿病外来では、医師が治療を決定し患者に指示を与えるという方法「パターナリズム」と呼ばれる手法が多く用いられてきました。これに対して1996年以後、患者自身が自分の内在する能力を発見し、能動的に療養行動を改善できるように援助していこうという「エンパワーメント法」が現れました。

食事療法や運動療法をはじめとする各種治療行動を自己管理行動(セルフケア行動)といいます。食事や運動といった糖尿病の治療は基本的に患者さん自身が実行します。糖尿病教育チームの課題はこの自己管理行動の実行度を高めていくことにあります。しかし、患者さんの側にもいろいろな実行段階の方がおられます。まだ生活習慣をまったく変えるつもりのない方から、すでにかなりのことを実行に移していて継続しておられる方まで。各々の段階でアプローチの手段は異なり、どういった障害要因のために現在の段階にあるかを知ることが治療を始める拠りどころとなります。たとえば家庭内、職場内の人間関係等で、とても自己管理行動どころではないといった無関心期の方に、これだけの食事にして、これだけ運動しなさい、という従来のパターナリズムで指導を行ってもかえって患者さんのやる気を阻害する可能性があります。障害要因を完全に取り除くことはできないにしろ、患者さんの背景を知ることが自己管理行動への援助を行いやすくします。
こうしたエンパワーメント法よって患者さんの行動が変わるにはカウンセリングの姿勢が重要となります。

「傾聴」―患者さんの訴えをよく聞くこと。
「共感」―患者さんの気持ちを思いやること。
「賞賛」―少しでも、ひとつでも、できたことに目を向けほめ喜ぶこと。
種々の手法を交えて信頼関係を確立したうえで、患者さん自身の気づきを促すことが望ましいとされています。確かに、話しているうちに障害要因がどこにあるのか、またそれを克服するヒントについてご自身で気づかれることも多いのです。

ひとつずつ患者さん自身が行えることを積み上げていくこのアプローチ法は、診療にかなりの時間を必要とし、医師のみの限られた外来診療の時間内ではなかなか困難です。
数年前に発足した糖尿病療養指導士制度がこうした新しい糖尿病教育を補完していくことが期待されています。

ページトップへ